静岡地方裁判所 平成10年(行ウ)3号 判決 1999年9月24日
原告
株式会社ナショナルランド
右代表者代表取締役
木下清
被告
静岡税務署長 小林義彦
右指定代理人
松本真
同
安岡裕明
同
清水康旨
同
大畑惣吾
同
鈴木まさ子
同
栗田博氏
同
相良修
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
原告の平成五年四月一日から平成六年三月三一日までの事業年度の法人税の更正の請求に対して被告が平成七年四月四日付でした更正をすべき理由がない旨の通知処分を取り消す。
第二事案の概要
本件は、原告が平成七年一月一〇日付でした平成五年四月一日から平成六年三月三一日までの事業年度(以下「本件事業年度」という。)にかかる法人税の更正の請求に対して、被告が平成七年四月四日付で更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という。)をしたところ、原告が、本件事業年度の法人税の税額を算出するに当たり、平成一〇年法律第二三号租税特別措置法等の一部を改正する法律による改正の租税特別措置法(以下「法」という。)六二条の二に規定する新規取得土地等に係る負債の利子の課税の特例(以下「本件特例」という。)を適用し、原告がマンションを新築販売する目的で敷地を取得する原資とした借入金の利子相当額を損金算入することを認めないのは、法の下の平等を定めた憲法一四条に違反するなどとして、本件通知処分の取消を求めた事案である。
一 当事者間に争いがないか又は証拠により容易に認められる事実
1 原告による本件土地の取得等の経緯(甲一一、一二、一六、一八)
(一) 原告は、土地の造成、建築、不動産の貸借、不動産の売買等を業とする株式会社である。
(二) 原告は、平成三年三月一日に静岡市豊田三丁目一一一番一に所在する土地(七三六・〇四平方メートル)を、平成五年七月五日に同所一一一番三に所在する土地(二六二・〇七平方メートル)を、いずれも有限会社富士住宅から売買によって取得した上、同年四月二七日、右両土地の上に総戸数三〇戸の地上九階建区分所有建物を建設する計画について、住宅金融公庫から事業承認通知を得た(以下、右二筆の土地を併せて「本件各土地」と、右区分所有建物を「本件マンション」という。)。
(三) 原告は、同年七月八日、清水建設株式会社との間で、本件マンションの建築工事請負契約を締結した。清水建設株式会社は、平成六年三月二〇日に本件マンションの建築工事を完了し、同月三一日付で原告に工事引渡書を発行した。
(四) 原告は、平成五年一〇月三〇日に、本件マンションの購入者の募集を始めたとの新聞広告をし、同年一二月二七日、本件マンションの各専有部分に係る本件土地についての敷地利用権の割合を定める規約を、公正証書をもって設定した。また、原告は、平成六年三月一四日、本件マンションにつき同年二月二二日付新築を原因とする表示の登記手続を経由し、同年二五日からは、売買契約締結済みの本件マンション購入者に対し、順次鍵の引渡しをした。
2 課税の経過等(甲一、二、三、四、五、八)
(一) 原告は、平成六年五月三一日、本件事業年度に係る法人税について、静岡市豊田三丁目一一一番一所在の土地に係る累積損金算入負債利子額四〇七五万九九四六円を損金に算入した上、欠損金額一二五六万一三二六円とする確定申告書を被告に提出した。
(二) 原告は、その後静岡税務署の調査担当者による法人税等の調査結果を受けて、平成六年一二月一四日被告に対し、本件事業年度の法人税について、右損金算入額一部について損金算入扱いを改めるなどした上、所得金額を四一二二万九七一六円とする修正申告書を提出したが、平成七年一月一〇日に至り、法人税額を零円、翌期へ繰り越す欠損金額を一二五六万一三二六円とすべき旨の更正の請求をした。これに対し、被告が、同年四月四日、更正をすべき理由がない旨の本件通知処分をしたところ、原告は本件通知処分を不服として、同年六日、国税不服審判所長に対し審査請求をした。
(三) 更正請求及び審査請求を通じて原告が不服の理由とするところは次の点にあった。<1>静岡市豊田三丁目一一一番一所在の土地に係る累積損金不算入負債利子額四〇七五万九九四六円全額を損金に算入することを認めるべきである。<2>仮に累積損金不算入負債利子額全額の損金算入が認められないとしても、原告が本件マンションについて新聞広告をした平成五年一〇月三〇日をもって法六二条の二第三項二号に規定する負債利子損金不算入期間内の末日として、本件事業年度の負債利子の額のうち、新規取得土地等に係る損金不算入額を計算すべきである。<3>原告は、本件マンションのうち九階九〇二号室を販売したことを前提に修正申告をしたが、実際には右物件以外の一〇戸を販売しており、後者について譲渡収入の額と譲渡原価の額の差額を利益に計上し、前者について譲渡収入の額と譲渡原価の額の差額を利益の額から減ずると、それでも結局所得金額は二七〇万六四二四円の欠損となる。
(四) 国税不服審判所長は、平成九年一〇月三一日、審査請求を棄却するとの裁決をし、右裁決書は同年一一月七日ころ原告に送達された。裁決が原告の主張する右の各点について加えた判断の要旨は次のとおりであった。右<1>については、本件各土地はいずれも新規取得土地等に該当するところ、本件マンションについては、敷地利用権を定める規約が設定されているものの、マンションのうち一部が販売されたに過ぎないから、これらの事情をもって敷地全部が譲渡されたのと同じく扱うことはできず、累積損金不算入負債利子額の全額を損金に算入することは認められない。<2>については、法六二条の二第三項二号トの委任を受けた租税特別措置法施行令(平成一〇年政令一〇八号租税特別措置法施行令の一部を改正する政令による改正前のもの。以下「施行令」という。)三八条の三第一八項一〇号は、負債利子損金不算入期間(以下「損金不算入期間」という。)の末日について、これを当該建物を販売の用に供した日と定めるところ、その趣旨を説明して、販売用の建物の取得をした日、販売用の建物の建設を完了した日、テレビ、新聞、チラシ等の広告媒体を通じて販売用の建物の購入者の募集を始めた日のいずれか遅い日とする租税特別措置法(法人税関係)基本通達六二の二(三)-一六は合理的であり、原告が本件マンションについて新聞広告したからといって、これを損金不算入期間の末日とすることはできない。<3>については、原告が認めて争わない本件事業年度における利益の額二七八六万五六〇〇円、確定申告に加算した損金の額に算入した法人税等の額六六万五八二〇円、修正申告に加算した損金と額に算入した法人税等の額三三万二八〇〇円に、本件事業年度の負債の利子の額一六〇四万〇九五〇円のうち損金不算入とすべき額一一五七万三六八二円(利益に加算)、本件事業年度に係る累積損金不算入負債利子額のうち原告が本件マンションの一部を譲渡したことに伴い損金算入すべき額一五五〇万八二八〇円(利益から減算)、本件マンションのうち販売済み(一一戸)の分にかかる譲渡収入の額と譲渡原価の額の差額から修正申告済みの一戸分を除いた一八六九万五八七七円(利益に加算)を加減すると本件事業年度における原告の所得金額は四三六二万五四九九円となり、修正申告にかかる所得金額四一二二万九七一六円を上回る。
二 争点
原告が本件通知処分を違法とする理由に従って本件の争点を整理すれば次の諸点であり、それらについての当事者双方の主張の要旨は各争点の次に記載のとおりである。
1 法人税法が憲法二九条に違反するか。本件特例が憲法一四条一項に違反するか。また、本件特例はこれを原告の本件事業年度の法人税額算定について適用する限度で憲法一四条一項に違反するか。仮に違反しなかったとしても、本件特例の意味が失われ、かつ、速やかに本件特例を廃止しなかったことが立法の過誤であるか(争点1)。
(一) 原告の主張
法人税の実効税率は四六・三六パーセントと極めて高率であり、それ自体が憲法二九条に違反する。また、本件特例は、法人企業が借入金によって新規に土地を取得し、借入金の利子を損金に算入することによって所得を圧縮し、法人税の負担を回避しようとする傾向に対処し、併せて土地の仮需要が増大し、地価が高騰するのを抑制することを目的とするものであるが、その目的のために、右のような行動に出る法人企業と、原告のように主として借入金に頼ってマンションを建設し、これを販売して利益を得ようとするものであり、かつ、もっぱら実需を生ずるに過ぎない法人企業とを無差別に扱うことを定めているから、憲法一四条一項に違反する。仮に憲法に違反しないとしても、本件特例を原告の本件事業年度の法人税額算定に適用すると、原告の税引前利益が二七八六万五六〇〇円であるのに対して、法人税、県民税、市民税、固定資産税等合計二九五二万四六九五円(税引前利益の一〇パーセント)を負担することになり、他の大部分の法人と比較して著しく高い負担率であるばかりか、原告の経済的な利益を全て奪うことになるから、その限度で憲法一四条一項、二九条に違反する。
また、平成四年ころには既に地価は下落傾向にあり、本件特例がその前提とした事態が懸念されることがなくなったのに、立法府が速やかに本件特例を廃止しなかったのは立法の過誤であり、それにもかかわらず本件特例を適用しようとすることは許されない。
(二) 被告の主張
租税法の定立については、その規定対象の性質上、国家財政、社会経済、国民所得、国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的、技術的な判断に委ねるほかはないことから、その立法目的が正当なものであり、かつ、当該立法において具体的に採用された区別の態様及び方法が右目的との関連で著しく不合理であることが明らかでない限り、憲法一四条一項に違反するものということはできない。本件特例が目的とするところは正当として首肯しうる。また、その目的のために選択された手段の相当性という観点からみても、固定資産取得にかかる借入金の利子を損金の額に算入しないとする扱いも一般に公正妥当な会計処理と認められているところ、本件特例は右負債利子の損金算入を確定的に否定するものではなく、土地等の取得から四年の経過又は事業の用に供した日という客観的に明らかな時点まで損金算入を繰り延べるに過ぎず、また、土地等の取得が法人企業の税負担回避行為に該当せず、事業の用に供する目的であることが明らかな場合については本件特例を適用しないこととしていることに照らすと、不合理であるということはできない。原告が本件事業年度において税引前利益よりも多い税金を課されていることは否認する。本件特例を原告に適用することの限度で憲法に違反するとの主張は争う。
また、租税法の定立について右に述べたところからすると、その改廃もまた立法府の政策的、技術的な判断に委ねるほかはないものであり、本件通知処分当時、本件特例を存続する必要性や合理性が欠けており、これを廃止しないことが立法の過誤であるということもできない。
2 住宅金融公庫から資金を借り入れて土地を取得し、マンションを建設しようとする者について、当該貸付を受けた日をもって損金不算入期間の末日とする扱いを定めながら、受託金融公庫の事業承認を受けているにもかかわらず、たまたま住宅金融公庫以外の民間金融機関から新規取得土地にかかる資金の融資を受けた者について同じ扱いをせず、損金不算入期間の末日を遅らせることとしているのは、憲法一四条一項に違反するか(争点2)。
(一) 原告の主張
施行令三八条の三第一八項五号の規定によれば、住宅金融公庫の住宅金融公庫法一七条一〇項の規定に基づく資金の貸付を受けて建設する同項に規定する施設建築物等又は中高層耐火建築物の敷地の用に供される土地等については、当該貸付を受けた日をもって、損金不算入期間の末日とする旨定めているにもかかわらず、住宅金融公庫の事業承認を受けた場合であっても、住宅金融公庫以外の民間金融機関から建設資金の借入れを受けた場合については、貸付主体以外の条件は同じであるにもかかわらず、税法上同じ取り扱いを認めない本件特例は、その立法目的に照らして、不合理な区別の態様を採用しているものであるから、憲法一四条一項に違反する。
(二) 被告の主張
住宅金融公庫の住宅金融公庫法一七条一〇項の規定に基づく資金の貸付を受けて同項に規定する施設建築物等又は中高層耐火建築物を建設しようとする者は、住宅金融公庫法等の法令の定めに従って自ら確実に建設を行い、その完成した住宅を所定の基準に合致した譲受人に譲渡しなければならない、その完成した住宅を所定の基準に合致した譲受人に譲渡しなければならない法律上の義務を負っていることから、当該貸付を受けた時点で本件特例の適用を除外しても、借入金による土地取得による企業の税負担回避行為に対処し、併せて土地の仮需要の抑制を図るという本件特例の目的を達成することができるとして、本件特例の適用除外としたものであり、その区別が著しく不合理であるために、憲法一四条一項に違反するということはできない。
3 敷地利用権を設定することが法六二条の二第二項二号に定める「地上権又は賃貸権その他契約により他人に土地を長期使用させる行為で政令で定めるもの」の「その他」に該当し、これをもって損金不算入期間の末日とすべきか(争点3)。
(一)原告の主張
マンションが建築され、その敷地に敷地利用権が設定されたときは、土地所有者はその敷地を建物と分離して処分することができなくなり、その意味で所有者の自由な支配力が及ばないものに変化するから、その時点で新規取得土地が節税目的・投機目的のものでないことが客観的に明らかになったといえる。そうとすれば、原告が公正証書をもって敷地利用権を定める規約を設定したことは法六二条の二第二項二号の「その他契約により他人に土地を長期間使用させる行為」に該当し、そのときをもって損金不算入期間の末日をすべきであり、本件事業年度に係る法人税額の算定上も累積損金不算入負債利子の全額及び本件事業年度において原告が新たに支払った負債の利子の額すべてを損金に算入することが認められるべきである。これを認めない本件通知処分は違法である。
(二) 被告の主張
敷地利用権の設定は、区分所有建物の専有部分とそれに対応する土地所有権を一体化させるという意味を有するにすぎず、区分所有建物の敷地について借地権等を設定することを意味するものではないから、これをもって土地所有者の自由な支配力が及ばないものに変化したということはできないし、敷地利用権を定める規約の設定が法六二条の二第二項二号の「その他契約により他人に土地を長期使用させる行為」に該当するということもできない。
4 施行令三八条の三第一八項一〇号は、同条一三項一号に掲げる建物で販売用のものの敷地の用に供された土地については、単に当該建物の販売の用に供した日を損金不算入期間の末日とする旨規定しているところ、租税特別措置法(法人税関係)基本通達六二の二(三)-一六に基づき、ことさら当該建物建設の完了した日をもって損金不算入期間の末日とし、結局損金不算入期間の末日を遅らせた本件通知処分は、憲法一四条一項、八四条に違反するか(争点4)。
(一) 原告の主張
施行令三八条の三第一八項一〇号は、本件特例の適用除外を認めるものであるが、同じく適用除外を認める他の場合に比して制約が多く、不平等で憲法一四条一項に違反するだけでなく、租税特別措置法(法人税関係)基本通達六二の二(三)-一六が、同号の「販売の用に供した日」とは法人が同号に規定する建物で販売用のものの取得をした日若しくは建設を完了した日又はテレビ、新聞、チラシ等の広告媒体若しくは縁故者を通じて当該販売用の建物の購入者の募集を始めた日のいずれか遅い日をいうとしているのは、適用除外とするために更に条件をつけるものであり、憲法八四条(租税法律主義)に違反するものである。右通達に基づき、本件マンション建設の完了した日を損金不算入期間の末日とした本件通知処分は違法である。
(二) 被告の主張
本件特例の立法目的に照らすと、例えば、当面必要のない土地等を取得しその支払利子を損金算入することによって節税を図るということが各種法律によって不可能である場合や、そのような土地でなくとも取得後直ちに本来の事業目的どおりの用途に供されたことが客観的に明らかになった土地等の場合には、その時点で本件特例の適用を除外するのが相当であるところ、施行令三八条の三第一八項一〇号は、同条一三項一号に掲げる建物で販売用のものの敷地の用に供された土地等について、当該建物を販売の用に供した日を損金不算入期間の末日とする旨規定しているが、当該建物が完成し、かつ、販売のために広告に出されたような場合には、もはや当面必要のない土地等を借入金で取得することによって節税を図ろうとするものではないことが客観的に明らかになるものの、当該建物を販売するために広告に出されていたとしても、当該建物が完成していない場合には、未だ当該建物の販売が確実になされるであろうことが客観的に明らかになっているとまではいえないことから、租税特別措置法(法人税関係)基本通達六二の二(三)-一六はその趣旨を明らかにしたものであり、何ら法律又は政令所定の要件を加重するものではなく、憲法八四条(租税法律主義)に違反するものではない。また、施行令三八条の三第一八項一〇号及び租税特別措置法(法人税関系)基本通達六二の二(三)-一六は、本件特例の立法目的に照らしても、適用除外とするための制約が極めて多く不合理な区別の態様を採用しており、憲法一四条一項に違反するということもできない。
第三争点に対する判断
一 争点1について
1 祖税法の定立については、その規定対象の性質上、国家財政、社会経済、国民所得、国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の幅広い政策的、技術的な裁量判断に委ねるほかはないことから、その立法目的が正当なものであり、かつ、当該立法において具体的に採用された区別の態様及び方法が右目的との関連で著しく不合理であることが明らかでない限り、憲法一四条一項に違反するものということはできないものと解される(最高裁昭和六〇年三月二七日判決民集三九巻二号二四七頁参照)。また、仮に法人税の実効税率が高いとの事実があったとしても、それが徴税の努力等を要請することにはなっても、そこから直ちにこれを憲法に違反するということはできない。
2 ところで、法人税の課税標準である各事業年度の所得の金額については、当該事業年度の益金の額から損金の額を控除して計算するものとされ、(法人税法二二条一項)、益金の額又は損金の額に算入すべき収益又は原価、費用及び損失の額については、法令に特段の定めのあるものを除き、一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に従って計算されるものとされているところ(法人税法二二条二ないし四項)、固定資産の取得資金を借入れによりまかなった場合の利子については、取得価額に算入すること、損金の額に算入することのいずれもが一般に公正妥当な会計処理と認められていることから、課税上の取扱いにおいても、土地等を取得するための借入金の利子については、支払った事業年度の損金の額に算入するか、当該土地等の取得価額に含めるかについては、法人の任意とされていた(法人税基本通達五-一-一-の二(6)、同五-一-四(15)、同七―三―一の二)。
3 しかるに、証拠(乙二の1、2、三、七)及び弁論の全趣旨によれば、このような取扱いが、バブル経済期の金融緩和等を背景として、法人企業の借入金による土地取得を活発化させたことから、昭和六三年三月一六日の衆議院大蔵委員会、同月三〇日、同年四月二八日の参議院大蔵委員会において、右取扱いが法人企業の節税手段を助長し、地価高騰の原因にもなっていると指摘され、また、政府税制調査会においても、借入金による土地取得を通ずる企業の税負担回避行為に対処し、併せて土地の仮需要の抑制を図る観点から、法人の土地取得に係る借入金利子の損金算入を制限する措置を講ずることが適当であるとの結論は出されたことなどから、地方で思惑や税負担回避目的からではなく本来の事業目的のために土地を取得した者に大きな負担を強いることにならないように配慮しつつ、同年一二月一二日に成立した所得税法等の一部を改正する法律(昭和六三年法率第一〇九号)によって本件特例が創設されたものであることが認められる。
右認定の各事業に照らすと、本件特例については、借入金による土地取得を通ずる企業の税負担回避行為に対処し、また、土地の仮需要の抑制を図ることを目的としたものであると評価することができ、そうであれば、本件特例については目的において正当であり、合理性を有するものというべきである。
4 そして、本件特例においては、右のような目的を達成するために、土地等の取得から四年間又は事業の用に供するまでの期間の負債利子の損金算入を制限することとし、この間の累計負債利子不算入額については、その後の四年間に繰り延べて損金に算入することとされているものであり、右負債利子の損金算入について、確定的に否定するものではなく、土地等の取得から四年の経過又は事業の用に供する日という客観的に明らかな日まで損金算入を繰り延べるに過ぎず、また、土地等の取得が企業の税負担回避行為に該当せず、事業の用に供する目的であることが明らかな場合については本件特例の適用除外としていることがその規定上明らかである。さらに、本件特例は、法人の土地取得が税負担回避を目的とするものか、本来の事業に供する目的とするものかの判断については、これが恣意に流れないようにし、かつ、大量処理が必要とされる中でも課税の公平性を確保することができるようにするために、土地所得の動機などの主観的事情に依拠することを拝し、本来の事業に供する目的とするものであることが客観的、類型的に明らかである場合に限って、本件特例の適用除外としたものと評価することができる。
そうであれば、原告において借入金による土地取得を通じて企業の税負担回避行為を行うことが不可能であるか否かはさておき、前記目的を達成するための方法として具体的に採用された適用除外の区別の態様及び方法においても著しく不合理であることが明らかであるなどと断ずることは到底できない。
5 以上によれば、本件特例についての立法行為又はその適用行為が憲法一四条一項、同法二九条に違反するという原告の主張については、採用することができない。
6(一) これに対し、原告は、現行法人税の実効税率は四六・三六パーセントであるところ、本件特例は、借入金による土地取得等を通ずる企業の税負担回避行為に対処し、また、土地の仮需要の抑制を図ることを目的とするものであることから、その目的においては正当であるものの、企業会計上の利益金額の一〇六パーセントという他の大部分の法人と比較して著しく高率の課税を原告に強い、原告の経済的な利益を全て奪うものであり、かつ、税負担回避行為を行うことなど到底不可能な原告においてもこれを適用するものであることから、憲法一四条一項、二九条に違反するものであると主張した。
本件特例は、前記のとおり、土地の取引そのものに着目して定められたものであり、法人の業種や土地取得の目的など主観的事情によって取扱いを別にしようとするものではないから、たまたま原告にとって税負担が加重であるという事情があっても、これから直ちに原告を本件特例の適用除外とすることはできないことはいうまでもない。のみならず、原告の右の主張は、確定申告及び更正の請求等を通じて原告自身が認めた本件事業年度における利益の額二七八六万五六〇〇円を前提としているところ、審判請求に対する裁決がいうとおり、原告は本件事業年度において本件マンションのうち一一戸を販売して挙げた収益のうち一〇戸に応ずる分を考慮していない(甲八。この点を左右する証拠はない。)のであって、前提に誤りがあるというほかない。また、原告の主張する企業会計上の利益金額の一〇六パーセントに及ぶという税額の中には、原告の責めに帰すべき延滞税や加算税等が含まれていくことも付言すべきである。
そもそも、法人税の課税標準となる各事業年度の所得の金額は、法人税法その他の法律の定めに従って算出した益金の額から損金の額を控除して計算されることから、企業会計上の利益の額と一致するものではないから、右課税所得の金額を基礎として算出される法人税の額と企業会計上の利益の額を比較して、直ちに法人課税が著しく高率であるとの結論を導くことはできない。のみならず、法人の中に、税負担を全くしていない赤字法人が多数存在していることについては当裁判所に顕著であることから、仮に、他の大部分の法人にかかる税率の平均値と比較して、本件特例のために原告に課された税率が著しく高率になっていたとしても、直ちに、本件特例が憲法一四条一項に違反すると断ずることはできない。
そうであれば、原告の右主張については採用することができない。
(二) また、原告は、平成四年ころには地価の下落が明らかになったにもかかわらず、立法府が速やかに本件特例を廃止しなかったのは、憲法の精神である必要最小限の制約に違反するものであり、著しく不合理であると主張した。
しかしながら、前記判断のとおり、租税法の定立については、その規定対象の性質上、国家財政、社会経済、国民所得、国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の幅広い政策的、技術的な裁量判断に委ねるほかはないところ、本件一件記録を精査しても、本件通知処分当時には本件特例を存続する必要性や合理性は失われており、立法府が速やかに本件特例を廃止しなかったことが著しく不合理であったと断ずることはできない。
二 争点2について
住宅金融公庫の住宅金融公庫法一七条一〇項の規定に基づく資金の貸付を受けて同項に規定する施工建設物等又は中高層耐火建築物を建設しようとする者については、その貸付希望金額、元利金の償還の見込み、事業内容及び工事計画その他の必要な事項についてそれぞれ十分な審査を受けた上で公正に選定されることとされ(住宅金融公庫法一八条)、また当該貸付を受けた者は住宅を必要とする者等に対してその建設した住宅を譲渡する際、その譲受人の資格及び譲受人の選定方法、譲渡価額、その他譲渡の条件に関し、主務省令で定める基準に従って譲渡しなければならないとされ(同法三五条の二第一、三項)、右規定に違反したとき又は正当な理由なく契約の条項にしたときは、住宅金融公庫は貸付を受けた者に対し、弁済期が到来する前に、貸付金についていつでも償還を請求することができるとされ(同法二一条の四第三項八、九号)、さらに、当該貸付を受けた者は、主務大臣に対する報告義務及び当該職員による立入検査を受忍する義務を負っており、(同法三三条一項)、右規定に違反したときの罰則も設けられているところであり(同法四六条一項及び四六条の二)、住宅金融公庫法等の法令の定めに従って自ら確実に建設を行い、その完成した住宅を所定の基準に合致した譲受人に譲渡しなければならない法律上の義務を負っているものということができるから、本件特例の適用を除外しても、「借入金による土地取得による企業の税負担回避行為に対処し、併せて土地の仮需要の抑制を図る」という本件特例の目的を達成することができると評価することができるのに対し、住宅金融公庫の事業承認を受け、住宅金融公庫以外の民間金融機関から建設資金と貸付を受けた者については、右のような法律上の制約は存在しない。
そうであれば、住宅金融公庫の住宅金融公庫法一七条一〇項の規定に基づく資金の貸付を受けて建設する同項に規定する施設建築物等又は中高層耐火建築物の敷地の用に供される土地等について、当該貸付を受けた日をもって、損金不算入期間の末日とする旨規定する一方で、住宅金融公庫の事業承認を受けた場合であっても、住宅金融公庫以外の民間金融機関から建設資金の借入を受けた場合については、右のような取扱いを認めていない本件特例は、その立法目的に照らして、著しく不合理な区別の態様を採用しているものであると断ずることはできず、したがって、憲法一四条一項に違反するものと評価することもできない。
三 争点3について
法六二条の二第二項二号に定める「地上権又は賃貸権その他契約により他人に土地を長期間使用させる行為で政令で定めるもの」に対応して施行令三八条の三第八項は、右にいう政令で定めるものは「法人税法施行令第百三十八条第一項の規定に該当する場合における当該行為をする」としている。ところで、建物の区分所有等に関する法律二二条によれば、敷地利用権の設定は区分所有建物の専有部分とそれに対応する土地所有権を一体化させるという意味を有するにすぎず、区分所有建物の敷地について借地権等を設定することまでを意味するものではないことはあきらかである。そうすると、原告が本件マンションに係る本件各土地に敷地利用権を設定したからといって、土地所有者の自由な支配力が及ばないものに変化したことにはならず、そもそも法六二条の二第二項二号の「その他契約により他人に土地を長期間使用させる行為」に該当するということはできない。また、敷地の所有者が敷地利用権を設定しても、その支配力が及ばなくなる土地の範囲は、販売された建物の専有部分に係る権利と一体化した土地の共有部分に限られるのであり、販売未了の建物の専有部分に係る権利と一体化した土地の共有部分は依然として所有者である原告に帰属する。
原告が敷地利用権を設定した当時には未だ本件マンションすべての販売を終了していなかったことが弁論の全趣旨により認められるから、その時点で本件マンションの敷地のうち譲渡されていない部分を含めて譲渡したと同じ扱いをすることはできない。
そうであれば、原告のこの点に係る主張は採用することができない。
四 争点4について
本件特例の立法目的に照らすと、例えば、当面必要のない土地等を取得しその支払利子を損金算入することによって節税を図るということが各種法律によって不可能である場合や、そのような土地でなくとも取得後直ちに本来の事業目的どおりの用途に供されたことが客観的に明らかになった土地等の場合には、その時点で本件特例の適用を除外するのが相当であるところ、施行令三八条の三第一八項一〇号は、同条一三項一号に掲げる建物で販売用のものの敷地の用に供された土地等について、当該建物を販売の用に供した日を損金不算入期間の末日とする旨規定しているが、証拠(乙六)及び弁論の全趣旨によれば、当該建物が完成し、かつ、販売のために広告に出されたような場合には、もはや当面必要のない土地などを借入金で取得することによって節税を図ろうとするものではないことが客観的に明らかになるものの、当該建物を販売するために広告に出されていたとしても、当該建物が完成していない場合には、未だ当該建物の販売が確実になされるであろうことが客観的に明らかになっているとまではいえないことから、租税特別措置法(法人税関係)基本通達六二の二(三)-一六においては、施行令三八条の三第一八項一〇号に規定する「販売の用に供した日」とは、法人が同号に規定する建物で販売用のもの(販売用の建物)の取得をした日又はテレビ、新聞、チラシ等の広告媒体若しくは縁故者等を通じて当該販売用の建物の購入者の募集を始めた日のいずれか遅い日をいうことに留意するものとされたものと認められる。
施行令三八条の三第一八項一〇号の定めが、本件特例の立法目的に照らし、適用除外とするための制約が極めて多いなど不合理な区別の態様を採用しており、憲法一四条一項に違反するものであるとは到底いえないし、右通達のとおり解釈したからといって憲法八四条(租税法律主義)に違反して課税強化するものということはできず、右通達に基づく本件処分についても憲法八四条(租税法律主義)に違反して課税強化するものということはできない。
五 結論
以上のとおり、原告が本件通知処分を違法として挙げる点はいずれも理由がなく、その他右処分を違法とすべき理由を見出さない。そうすると、原告の本訴請求についてはいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 曽我大三郎 裁判官 絹川泰毅 裁判官 関根規夫)